接写ライフ(立花)
2026.05.12
人生におけるターニングポイントって、皆さんも色々あると思いますが、私はそのうちの一つがお花見です。
目の悪い私に友達が眼鏡を貸してくれまして、桜の木を見上げたときのことです。そのとき思いました。
__桜って、本当に綺麗なんだ
まさに青天の霹靂。クララが立ったときや、ヘレン・ケラーがウォーターを理解したとき、ガリレオが地球が回っていると気づいたときも、きっとこんな気持ちだったことでしょう(烏滸がMAX)
当時の私の目には度が強かったので、花弁の一枚一枚までよく見えました。他にも、周りの人の表情、他人のお弁当の中身、自分たちのレジャーシートの上を歩く蟻んこに至るまでよく見えました。見えすぎじゃね、と思いました。
なんか、『正常な視力って、見え過ぎて疲れる』という気づきを得た瞬間です。
かつては当たり前のように享受していた視界をいつの間にか失い、失ったことに気づかず、それが当たり前だと思って生きてきました。
これは悲しきロストテクノロジーなのか?いいえ。楽園を追放されたのか?いいえ。酸っぱい葡萄か?いいえ。私はその葡萄の味を既に知っている。
これは退化。やっと自分に合った視力になったというべきかもしれません。
例えば3Dの映画を、私は情報量が多いと判断します。映画鑑賞時だけなら楽しいねェー↑↑で済みますが、一生視界があれだと思うと恐ろしくないですか? 私にとって視力補正はまさにそれで、適正視力の世界が娯楽扱い。道端で眼鏡かけるたび「アレェ、ココがチームラボ?」と思っている。
私はそんなローポリゴンの世界で生きてきました。それが当たり前で、ベスト。
低解像度の情報量で生きていくのが心地良い。
普通に暮らすにはこの世は解像度が無駄に高すぎる、消費電力が半端なさすぎる。葉っぱの裏側まで作り込まれてたり、生き物が全部違う挙動するのって全然普通じゃない。おかしい、おかしい!!
世界がクオリティ高い。人生って究極のRPGなんだ、あーね、と感じたお花見体験でした。ちなみに私はRPGではまずキャラクリをダルがり寄り道をダルがりレベル上げをダルがりダルがりを奏でます(書いてて思ったけどダル花さんは何が楽しくてはゲームしてるのか??) 自分の人生を振り返ると非常に心当たりがあります。RPGのプレイ方法って別名テメェの生き様診断だったりするのでしょうか。
とはいえ、今のうちに超高画質な世界に慣れていきたい気持ちもあります。
遠くであなたが私にウインクしてくれたことに気づくためにも、視力1.0で生きることに慣れたい。(あと、太陽を見つめながら『こんなに世界が綺麗だって 気づかなかったな』と言い遺して事切れたい♡)
アキバの街はまあまあ情報量が多いですが、カジクエ店内は色が少なくてありがたいですね(しかも目に優しい&鎮静色の緑!)
というわけで、目にも脳にも優しいカジクエでまたお会いしましょう、立花でした!

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